NISEKO Mt RESORT Grand HIRAFU

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第44回 ひらふを彩るストーリー7
ひらふからオリンピックへ!
ニセコ花園スキーレーシングチーム主宰  寺田 政憲さん

 

 

 

 ひらふから次の冬季五輪(2014年)、ソチをめざす有力選手として、まずアルペン(回転・大回転)の大越 龍之介選手が上げられます。大越さんの実家は、ペンション・ロコモーション(ひらふ179泉郷1)。そして彼の才能を引き出したのは、ペンション・ニュー・ホワイトベアー経営のかたわら「ニセコ花園スキーレーシングチーム」を主宰する、日大スキー部OBの寺田 政憲さんでした。

 近年では倶知安でも、かつてのように地域の中学、高校に本格的な選手養成を頼ることができない状況となりました。そんな中で寺田さんは、高い目標をもったジュニア選手を育てるために、1992年にこのチームを立ち上げたのでした。寺田さんに思いを語っていただきました。

 

 

masanori_terada.jpg
 私の出身は弘前(青森県)で、子どものころからスキーが大好きでした。はじめてひらふで滑ったのは、中学の合宿で来たとき。それから日大のスキー部に行き、県庁勤めや父のビジネスの手伝いをして、80年代にひらふにやって来ました。道々343号沿いにペンションを構えましたが、いまでは並びの宿や店はほとんど外国人オーナーのものになりましたね。

 

 小学校1年生から高校3年生までを対象にした「ニセコ花園スキーレーシングチーム」の出発点は、自分の娘と地元の子どもたちをいっしょに育ててみたい、という気持ちにありました。オリンピックで戦うんだ!という強いモチベーションをもって、みんなでうまくなろう、速くなろう!と呼びかけたかったのです。

 

 昔はこの地域には、学校を中心にして世界をめざすそういう動きが自然にあったと思うのですが、90年代はじめには、消えかけていました。こんなすばらしい山と雪に恵まれた土地に住む人間として、そんなことじゃいけない–。家内も日大スキー部出身ですから、私たち夫婦はそう思っていました。

 

 チームを立ち上げると30人、40人と子どもたちがすぐ集まりました。私の指導のモットーは、「理屈よりもまず身体で覚える」こと。うまい子は、生意気でいいんです。しかしもっとうまくなるにつれて、人に自然に頭を下げる謙虚さを身につけなければならない。それと、親がよけいな口を出すと伸びる子も伸びません。私たちは、その子の2、3年先を見ながら、しっかりとした基礎固めをしたい。次の大会で入賞できるか、などということは重要じゃないのです。

 

 


 

yuka_terada.jpg 倶知安スキー連盟は2001年から3年続けてJOCジュニアオリンピックカップをひらふに誘致して、倶知安は2年連続で総合優勝を飾りました。3年目の03年では男女大回転で大越龍之介、寺田さんの娘である雪華両選手が優勝。寺田選手は回転でも2位に入り、2年連続して最優秀ジュニアオリンピックカップを受賞しました。倶知安高校に進んだ雪華さんは、2005年の全国高校スキー大会のアルペン女子回転で2位となりました。

 


 

 

 強風の妨げが少なく、優れた雪質とバーンの多様性が花園コースの売り物。そしてスキー場の協力にも恵まれ、実力あるさまざまなスキーヤーがやって来るここは、若い才能を育てるのに最高の環境です。日本人だけではなく外国人も含めた来場者が多いということは、それだけ子どもたちがいろんな目にさらされているということ。その緊張感や、そこから育まれるモチベーションは、子どもたちを着実に強くしてくれます。

 

●ニセコ花園スキーレーシングチーム
http://www.whitebear.ne.jp/w-ski.htm

 

●ペンション・ニュー・ホワイトベアー
倶知安町字山田170-43
TEL:0136-23-2683
http://www.whitebear.ne.jp